バリ人の夫と、ハーフの女の子と男の子と4人家族。
2011年11月に家族4人でバリ島に移住。
2017年4月に夫と死別し、現在シングルマザー。
セラピスト、ヨガインストラクター。
現在はバリ島で、ダイアモンドや天然石を使用した
ジュエリーのデザイン制作をしています。


2017年7月19日水曜日

わたしの居場所

先週、仕事中に人差し指を負傷してしまい
しばらく何もできない毎日。
抗生物質と痛み止めを毎日飲んでいますが
滅多に薬を飲まないため、気持ち悪さとすこし熱っぽく
子供の用事以外はなるべくやめて
家で横になっています。

今日も、昼過ぎに2時間くらいゴロゴロしていて
忙しく動きすぎたなぁと振り返る。
もう、36歳。あまり無理もできないな。

溜まった仕事や発注が、山ほどあるけど
起きていると辛いので、
よくなるまで、ゴロゴロする時間を増やそう。
きっと、ちゃんと休みなさい。という
お告げかと。シダからの。

こんな時に限って、手作りのお惣菜やおかずを頂いたり
フルーツをたくさん頂いたり、
ご飯を炊くくらいしかできないので、
本当にありがたい。

バリに戻り、一週間ちょっと経ちます。
シダがなくなってもうすぐ3ヶ月。
なんかまた振り出しに戻ってしまい
食欲がなかったり、眠れなかったり。
日本にいったり、シンガポールにいったりしたけど
やっぱり、悲しみだったり辛い気持ちは
全く変わらないなぁと改めて感じます。

ここを一旦離れることで
気分転換にはなりましたが、まだまだこれから先の事
子供達のこと。
自分が背負っていくものは大きいなぁ。

どこよりも、やっぱりバリが居心地が良くて
色んなことが日々起こるけど、
やっぱりここにいたいなぁと思った。

2017年7月18日火曜日

生きている喜びとは

お久しぶりのブログになります。
8日に姉と一緒の飛行機でバリに戻りました。
三日間のみですが、遊びに来てくれたので
ホテルのプールで遊んだり、スパやカフェ巡りへ。
私は姉が帰るまでに渡さなければいけない納期の
仕事があったため、子供達を預けて、仕事仕事。。

カフェや、車内でも姉に仕事を手伝ってもらったり、
家に帰って私は徹夜で、バッタバタの三日間。
やっぱり、家族が近くにいてくれると
気持ちが違うな。と思った。
8月末からは母が3週間弱来てくれることなり、
頼れる人がいるということは心強い。


姉が帰った、翌々日からは、初めてのシンガポールへ。
シダがすごく仲良くしていてお世話になったお客様が
遊びにおいで!と誘ってくれたので
四日間遊びに行ってきました。
私はまだ2回ほどしか会ったことがないのですが、
色々と良くしていただき、シダがやってくれたことが
私に今返ってきているなぁと、
改めて感謝です。

物価が高いと聞いていたから、たくさん両替したのに
自分の買い物以外はほぼお金も使わず、
今回の旅でシンガポール人を知るきっかけに。
紳士的で、本当に優しくて、約束はちゃんと守るし
やりとりもスムーズだし、日本人に似たところがあるなと。

とにかく、本当に優しくしていただき、
観光よりも、こういうことを感じられる旅って
素晴らしいなぁと。

バリに帰ってから、色々思い出しては
やっぱり気持ちがまた落ち込んだり、
辛く悲しくなる時間が多いですが
離れてはいるけど友達や、お客様が連絡をくださったり
やはり、いつも人に助けていただいています。

優しくしてくれる人が周りにいるって
本当に、生きて行く上で心の栄養になります。
本当に、ありがたいなぁと。

2017年7月5日水曜日

日本でも引き寄せ。



傷が癒えたり、悲しみや辛さがなくなる事と
気持ちがリフレッシュする事とは
全く別の事だということに気づいたけど
約1カ月、かなり気持ちがリフレッシュできました。

普段からあまり人に甘えれないタイプですが、
今回ばかりは今まで以上に母に頼りっぱなしで、
本当に助けてもらいました。
お客様や友達と食事に出かけることが多かったのですが
文句も言わずに、子供達をみてくれて
歯医者や公園や買い物や、遅くなるときは
一緒にお風呂に入って寝る準備までしてくれたり。
今までの母からは想像できないくらい、色々と
やってくれて、今回の事も根掘り葉掘り聞いてこないけど
母なりにすごく心配してくれているみたい。


こんなに助けたのに何もないの?とか
見返りを求めて来る人もいたりして、他人だから
仕方ないとは思うけど、思いやりや愛を持って温かく接してくれる
家族や本当に仲の良い友達の存在はやはり
大きな支えだと、改めて感謝します。

今日は、10年以上前に勤めていたサロンで
ずっとマッサージやヘッドスパを担当させて頂いていた
お客様に、食事に誘って頂きふたりでゆっくり過ごしました。
昔からそうですが、すごく話が面白くて
毎回毎回私はその方の話に興味津々で、
今日もかなりディープな話へ。。
会える人には、必然に会えて
必要な話題やキーワードも巡り合わせのように
しっかり降りて来るなーと。

忙しくてなかなかお会いできない方なのですが
今日はすんなり会えたのも、意味があってだと思う。
自分のこういう感性をもっと高めたいな。
日本でも、不思議なことやご縁がたくさんあり
引き寄せが凄くで面白かった!




14kgf素材で天然石・シェルやパールなどを使用した
オリジナルジュエリーを製作しています。
全てハンドメイドで,心を込めてひとつひとつ作っています。
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2017年7月3日月曜日

思いを共感する。




今週の、土曜日にバリに戻ります。
日本の実家で、母に甘えっぱなしだったので
バリに帰ってまたあの忙しい生活に戻ると思うと
大丈夫かなぁと、少し不安です。

これから先、一人なのでついつい仕事ばかりに
一生懸命時間を費やしてしまいますが、
もう少し、子供と過ごす時間も
大切にしなきゃと思うこの頃。

週末は、シダがバリから日本に来てすぐから
たくさんお世話になった友達ファミリーや
配偶者を若くに亡くされた方と
お会いしたりしました。
友達の中にも、若くして両親や兄弟を
亡くされた人が何人かいて、
そういう人がどうやって傷を癒して時間を過ごしたか
を話したり、いろいろと話ができてすごく良かった。

バリでも日本でも、
良い人に恵まれて、いろいろ助けて頂き
お友達に恵まれて本当に、感謝です。
シダがどんな風に仕事をしていたかまでは知らなかったけど
きっとお客様の事を思って、仕事を一生懸命していたおかげで
今になり、私があったこともない方からも
色々よくして頂いたり、助けて頂いたり
彼が残してくれたものは大きいなと
ひしひしと感じます。
家でもいつも、自分より私や子供達のことを先に
考えてくれていたので、感謝ばかりが残ります。

人の為に、人のことを一番に考えれる彼の事を
本当に尊敬します。
これから私もそんな風に生きれたらなあと。。


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2017年6月30日金曜日

日本で過ごす日々



ありがたいことに、ジュエリーのオーダーがものすごく忙しくて
毎日せっせと、心を込めて制作させて頂いてます。
自分がした事で、人に喜んでもらう事
人から感謝されることは、やはり大きな喜びで
人間、生きている意味というか
この世に生まれた喜びは、これらの事だったり
人に対して思いやりや愛情を与えたりという
経験ができるところかなとつくづく思う。

1日5時間以上は、座りっぱなしなので
最近は、夕方涼しくなってから1時間ほど
ウォーキングをしたり、ヨガをしたり筋トレをしたり
身体もよく動かしています。
そして、寝るときはシダがよく聞いていた
gayatri mantraを子守唄がわりに流し子供達と寝ます。

ご飯を美味しく頂けること。
自分の足でどこでも行けてなんでもできること。
当たり前の普通のことだから忘れがちだけど、
病気でこれらの事が出来ない人もたくさんいるし
健康で、生きているからこそできる事。
日本で、美味しいものを続けて食べていると、
シダは苦しくて最後はご飯も食べられなかったのに
私だけこんなに美味しいものばかり食べて
申し訳ないな、、と思ってしまったりで
まだたまに食欲がなくなったりします。

夜もまだたまに寝れなかったりで、
元に戻るのも本当にゆっくりゆっくりだなぁと。

日本に来てから、嬉しいこともたくさんあり、
シダの仲良しだったお客様がわざわざ遠くから会いに来てくれて
ガイドしてる時の話をしてくださったり、
こんなこと話したよ。とかこんな事してもらったよ。
とか、私の知らなかった彼の話を聞いて凄く
嬉しくなります。と同時に、寂しさや悲しさも
思い出して泣いてしまうのですが、
シダの知らなかった一面を聞けることはやはり嬉しいです。


色々と助けて頂いた
家族や、お客様、お友達には、感謝ばかりです。










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2017年6月27日火曜日

後悔しない人生の生き方。

日本に来てからあっという間に2週間たち
残りの滞在も約10日。
母と姉におもいっきり甘えて、子供達を見てもらったり
家事をお願いしたりして、仕事に思いっきり
集中できています。
今日は母に子供達を預けて、お友達に勧められた
映画を観に行きました。
愛知県春日井市にお住いのかわいいご夫婦のお話。
【人生フルーツ】

お庭には、たくさんのフルーツやお野菜、木ノ実が育ち
コツコツ時間をかけて、毎日をゆっくり暮らしている。
すごく素敵で仲良しな87歳の英子さんと90歳の修一さん。
二年間の撮影中に修一さんは、亡くなってしまいますが
そのシーンもちゃんと描かれています。
英子さんが毎日あんなに、丁寧に手作りで作っていたご飯。
なのに、眠る修一さんに向かってもっと美味しいものを
食べさせてあげればよかった、、と言っていた。

観ている側からしたら、手を抜かず全て手作りの
丁寧に作られたおかずが毎日並ぶ食卓。
修一さんは、毎日こんなご飯を食べ、90歳まで生きれて幸せだったろうな。
と思ったけど英子さんからしたら、
もっとしてあげられなかったことがまだまだ後悔なんだと。

人が死ぬ時、若かろうが、年老いてからだろうが
生きた年齢関係なく、周りは誰でも後悔するんだろう。
あの時もっと、ああしてあげればよかった。。
あんなこと言わなければよかった。。
私も未だに後悔ばかりが残ります。
きっと、私が死ぬまで一生消えないと思う。

後悔しない生き方。
パパがもういなくて、もしママが死んじゃったら?
とたまに娘が言います。
子供達の背負っていかなければいけないものも、悲しく辛く重い。
そう思うと、普通に生きていられるっていうのは
本当に奇跡で幸せなことで、
毎日、明るく楽しい時間を子供達と
過ごすことが、今の私に出来ることかな。
私もだけど、やりたいことは我慢せず、
子供達にも、そういうことを伝えたいし
後悔しないように、生きれたらと思います。


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2017年6月23日金曜日

残された人。




小林麻央さんの訃報を聞いて、ご主人の気持ち
子供たちの気持ちが痛いほど分かり、自分と重ね合わせてしまいながら
ニュースを見ていた。
まだ34歳。子供達もうちの二人と同じくらいの年齢。
ご結婚されて7年。私と全く同じ状況。
残されたご主人やご家族、悲しみに打ちひしがれている
と同時に、会見でもおっしゃっていたけど、
子供達をこれから背負っていかなければいけない大きな責任。
お父さんがいない事も悲しいし辛いけれど、
やはりお母さんの存在は大きい。
下の子は、うちの息子と同じ歳だから
理解しているようで、あまりわかっていないと思う。

息をひきとる瞬間、その場にいた。と
おっしゃっていたけど、本当に海老蔵さん強い人間だなと思った。
一番辛くて、胸がえぐれそうな瞬間。

私は、子供達と姪と家で寝ていて
0時を回ってすぐに電話がかかって来たので、息をひきとる瞬間は
会えなかったし、病院に着いても病室に入ることができなかった。
亡くなる2日前、病室に入った時は麻酔で意識がもうなく
固まっている状態で、触ったり話しかけたりないで。と
先生に言われたので、ただ呆然と立ち尽くして、見つめていただけ。
何でこんな姿なの?とあまりにもショックだった。
シダ〜と少し離れた場所で呼んだら目が少しだけ動いたから
私の声が聞こえたのかな。と思ったけど
あの姿を長い時間見るのには、本当に辛くて
すぐ病室を出て、子供が声を上げて泣くみたいに
わんわん泣いた。
翌日も朝から夜まで病院へいったけど、
あの姿はもう見れない。と思って、部屋の中には
入ることができなくて、廊下にずっといた。
つい最近まで元気にしていたのに、
こんな姿で横たわっているシダを認めたくなかったし
本当にただ辛くて見ていられなかった。

亡くなった時、親戚も家族もみんないて、
義理の両親は、足を触ったらまだ温かかったから
私たちが来るのを待ってたね。と話していたけど
どうしても、私は部屋には入れなかった。
その日の昼には、お通夜の場所へ移動し
体を包んでいたバティックとビニール袋からシダを出して
体を綺麗にし、綺麗な服に着替えて棺桶へ。
シダの顔が見れたのは、しばらく経ってからだった。

今までの人生の中で、一番辛い瞬間。
何かまだ信じられない。
海老蔵さんや、子供達を思うと胸が痛みます。
残された人が、前を向いて頑張っていくことで
きっとたくさんの人の励みになると思う。
応援してくれる人もたくさんいるし。

麻央さんのご冥福をお祈り致します。