バリ人の夫と、ハーフの女の子と男の子と4人家族。
2011年11月に家族4人でバリ島に移住。
2017年4月に夫と死別し、現在シングルマザー。
セラピスト、ヨガインストラクター。
現在はバリ島で、ダイアモンドや天然石を使用した
ジュエリーのデザイン制作をしています。


2017年6月23日金曜日

残された人。




小林麻央さんの訃報を聞いて、ご主人の気持ち
子供たちの気持ちが痛いほど分かり、自分と重ね合わせてしまいながら
ニュースを見ていた。
まだ34歳。子供達もうちの二人と同じくらいの年齢。
ご結婚されて7年。私と全く同じ状況。
残されたご主人やご家族、悲しみに打ちひしがれている
と同時に、会見でもおっしゃっていたけど、
子供達をこれから背負っていかなければいけない大きな責任。
お父さんがいない事も悲しいし辛いけれど、
やはりお母さんの存在は大きい。
下の子は、うちの息子と同じ歳だから
理解しているようで、あまりわかっていないと思う。

息をひきとる瞬間、その場にいた。と
おっしゃっていたけど、本当に海老蔵さん強い人間だなと思った。
一番辛くて、胸がえぐれそうな瞬間。

私は、子供達と姪と家で寝ていて
0時を回ってすぐに電話がかかって来たので、息をひきとる瞬間は
会えなかったし、病院に着いても病室に入ることができなかった。
亡くなる2日前、病室に入った時は麻酔で意識がもうなく
固まっている状態で、触ったり話しかけたりないで。と
先生に言われたので、ただ呆然と立ち尽くして、見つめていただけ。
何でこんな姿なの?とあまりにもショックだった。
シダ〜と少し離れた場所で呼んだら目が少しだけ動いたから
私の声が聞こえたのかな。と思ったけど
あの姿を長い時間見るのには、本当に辛くて
すぐ病室を出て、子供が声を上げて泣くみたいに
わんわん泣いた。
翌日も朝から夜まで病院へいったけど、
あの姿はもう見れない。と思って、部屋の中には
入ることができなくて、廊下にずっといた。
つい最近まで元気にしていたのに、
こんな姿で横たわっているシダを認めたくなかったし
本当にただ辛くて見ていられなかった。

亡くなった時、親戚も家族もみんないて、
義理の両親は、足を触ったらまだ温かかったから
私たちが来るのを待ってたね。と話していたけど
どうしても、私は部屋には入れなかった。
その日の昼には、お通夜の場所へ移動し
体を包んでいたバティックとビニール袋からシダを出して
体を綺麗にし、綺麗な服に着替えて棺桶へ。
シダの顔が見れたのは、しばらく経ってからだった。

今までの人生の中で、一番辛い瞬間。
何かまだ信じられない。
海老蔵さんや、子供達を思うと胸が痛みます。
残された人が、前を向いて頑張っていくことで
きっとたくさんの人の励みになると思う。
応援してくれる人もたくさんいるし。

麻央さんのご冥福をお祈り致します。

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